関口太一の日記

「 都政・都議会 」の最近のブログ記事

 

都議会議員選挙。

当選ラインに及ばず、落選という結果に終わりました。
1期4年間、色々なことに挑戦し、そして、行動を起こしてきたつもりです。 


●予算ではなく、決算を重要視する都議会へ。

予算が通れば、あとは好き勝手という役所体質が、『使い切り』を生んできました。
そこで、同僚都議と決算検証チームをつくり、都議会決算委員会で徹底的に役所の予算執行=予算の使い方を調査し、無駄をあぶりだすことに注力しました。

 
●条例をつくる都議会へ。

東京都も役人がつくる条例ばかりですが、役人がつくるということは、その習性上、当然、『前例踏襲』となります。
少子高齢化や、アジア主要都市の競争力強化など、内外の環境が変わる中、前例踏襲では対応しきれません。
そこで、議員が前例踏襲を飛び越えて、自ら条例をつくるということに挑戦しました。4年間で4本の条例をつくり、うち1本は可決成立させました。
議員条例が成立したのは21年ぶりとなりました。



●築地市場移転予算案に反対を貫く。

移転予定地・豊洲の土壌汚染は都の見込みよりも深いところまで浸透していると私は指摘して参りました。しかし、都は当初の甘い見込みのままに移転計画を進めようとしていた為、反対を貫きました。
もちろん、4年前の都議選で都民と約束したことを守るというのも反対の理由です。
一方、都議会民主党は賛成に回った為、私、及び私と行動を共にしてくれた10名の同僚都議はいわゆる造反という形になりましたが、我々は信念を貫きました。
しかし、その後、東京都は見込みの甘さを認め、移転計画が延期となりました。

 
●尖閣諸島視察。

石原都知事が尖閣諸島を購入すると発言。
購入するとなる、東京都議会の議決が必要となる為、石垣市に出向き、石垣市長、石垣市議会議長、八重山漁業組合長などの関係者と意見交換をして参りました。
その後、実際の漁船に乗り込み、尖閣諸島を視察。灯台の様子や、簡易港建設の可否、漁業活動の可能性などを調査しました。ちなみに、全国民から寄せられた、尖閣諸島購入の為の寄付金約14億円は残ったままです。


●高校生留学支援制度の実現。

世界の若者と渡り合える若者を育てる。そして、アジアの都市間競争に負けない東京を創る。
都議会議員としてこうした目標を掲げて、議論を展開して参りました。
高校生留学支援制度の必要性を都議会で提案したのがちょうど2年半前。
同僚都議も巻き込みながら、何とか実現にこぎつけました。
昨年度には150名の都立高校生が海外に飛び立ちました。今年度からは私立高校生も対象になりました。


このように、議会という場で、行動を起こすことは、反発や摩擦も生じますが、それを恐れて、何もしないなら、政治家である必要がありません。

発言する、提案する、行動するということを常に意識して、活動した4年間であったと思います。

こうした私の都議会活動に対して、有権者の皆さんから評価を頂く選挙が今回の都議選でした。


結果は、落選。


主権者の判断が全てです。 無念ですが、私の力不足、活動不足だったということです。

敗因は色々あると思います。しっかりと分析し、次へとつないでいきたいと思います。


さて、これからです。

大学卒業後、アジアを舞台に商売がしたいと繊維商社に就職。ここから、私の社会人生活が始まりました。

4年間、繊維業界で仕事をし、その後、世田谷区議選に挑戦するべく、退職をし、政治の世界へ身を投じたのが、平成15年1月。
以来10年半、政治の世界で走り続けて参りました。


一つの区切りだと思っています。


今回の落選は、天より頂いた貴重な機会であると捉えます。


そして、この機会を最大限活かし、様々なことに挑戦し、力を蓄えて、次に備えて参りたいと思います。



思えば、何もないところから始めた私の政治家人生。


大阪生まれ、大阪育ち。豊中市立中豊島小学校、豊中市立第4中学校、桃山学院高校、同志社大学。
まさに、生まれてから大学を卒業するまで、大阪・京都で過ごして参りました。


大学卒業後、繊維商社就職。その後、仕事の関係で、上京し、世田谷区東玉川にアパートを借りたのが、世田谷との縁の始まり。


よって、世田谷区に住む親戚も、友人もいない、もちろん後援会組織もないという、まさに何もない状況から政治活動を始めました。


あれから10年半。

こんな私が10年以上にわたり、ここ東京・世田谷で政治活動を続けることが出来たのは、ただ純粋に私に対してご期待頂いた方々のご支援があったからこそであります。


そして、そうしたいわゆる『ひもつき』ではないご支援があったからこそ、特定業界団体や天下り団体などの利権団体に流れる税金を取り戻す為の行動・発言・追及が出来ました。

これまでを振り返ると、皆さん方に対する感謝の気持ちしか生じません。


本当に本当に本当にありがとうございました。


関口太一は、更なる進化を目指して、奮闘します。



平成25年7月2日
関口太一




保育するバショを増やす。世界と話せる英語教育を実現する。
  外国企業・外国人観光客を誘致し、雇用を増やす
    次世代にツケをまわさない。税金のムダ使いを一掃する。

そんな関口太一の政策をご紹介しております。
  1、とうきょうの子育て ~今の子育て政策に満足していますか?~
  2、東京を強くすれば日本も強くなる。-2013年都議会レポートvol.1-
  3、次世代につなぐ。-2013年都議会レポートvol.2-




『アジアの都市間競争に負けない東京を目指す。』
私が都議会議員として常に意識していることです。

このテーマを具現化していくべく、経済と教育において様々な提案を行ってきました。経済の面では、お台場臨海地域の活性化を念頭に、カジノを含めた商業施設誘致を提案。そこには、国際化した羽田空港から車で15分の距離にある臨海部に海外からヒトモノカネを引っ張ってくるという狙いがあるのは言うまでもありません。

そして、具体的には、築地市場の移転用地である『豊洲』は、汚染等の問題がある為、市場には不適格であると主張し、市場ではなくカジノを含めた商業施設を誘致するべきであると本会議でも主張しました。(市場ではなく商業施設建設の場合、586億円もかかる土壌汚染対策工事費は不要。)

一方、教育の面においては、世界の若者と堂々と渡り合える日本の若者を育てたいという思いから、『英語教育』に焦点を当てて、提案を行って参りました。

具体的には、昨年度から始まった小学校での英語授業義務化を受けて、小学校教諭の英語研修強化、小学校英語と中学校英語の連携の必要性を主張すると同時に、都立高校生の海外留学の必要性について、提案を行いました。

日本人の海外留学者数は2004年の8万2,945人が、2009年では5万9,923人と大幅に減少しています。また、世界から優秀な若者が集まるハーバード大学への留学者数を見てみると、2000年時日本人151人、韓国人183人、中国人227人であったのが、2010年時では日本人101人、韓国人314人、中国人463人となり、日本人は減少しているが、韓国・中国は増加しているという数字もあります。

更に、現在では、日本の企業の採用に外国人枠が設けられ始め、日本の若者は就職j活動の段階でさえ、世界やアジアの若者と競争しなくてはならない時代になっています。

そうした現状を踏まえつつ、私が都議会で提案したのが、『都立高校生公費留学制度』です。私がこだわったのは、『税金』で子どもたちを海外に送り出すということです。
そこには、子どもたちに使命感を与えたいという思いを込めています。
使命感は困難を乗り越える力になるはずです。

子どもたちに対して、『君たちに、税金で海外留学してもらうのは、将来、東京を日本を引っ張ってもらう人物になって欲しいという願いを込めているからこそだよ。』
と伝え、使命感を感じてもらいたいと考えるからです。

昨年の6月に行われた都議会で、提案した『都立高校生公費留学制度』ですが、今年度からいよいよ新規事業として、スタートすることとなりました。

正式名称は、『次世代リーダー育成道場』。
今年度から9年間で3000名の都立高校生を海外に留学してもらう計画であり、
具体的には、
・留学前に語学力を磨き、日本の歴史や文化、留学の意義を学ぶ事前研修期間を設ける。
・講師陣には、ビジネスや科学・文化など各界のリーダーを招く。
・費用負担は世帯収入に応じて、費用の全額から半額を補助。
・留学期間は1か月の短期コース、1年間の長期コースなどを予定。
・留学も単位として認め、帰国後に進級。
・初年度は150名を予定し、1億9,400万円を予算計上。

全国でも初めてとなる取組みに、私も大いに期待しているところです。
東京の子どもたちがこの制度を使って、貴重な経験を積み、世界で友だちを作り、将来、東京を日本を引っ張っていく人材に育ってくれれば、こんなに嬉しいことはありません。

東京都教育委員会のホームページにて、詳細が記されておりますので、是非とも、ご覧頂きたいと思います。引き続き、『アジアの都市間競争に負けない東京』を意識し、都議会活動に取り組んで参りたいと思います。17:34




もうすぐ平成23年が終わろうとしている。

都議会では9月から10月にかけては第3回定例会、11月末から先日までは第4回定例会が開かれたが、会期延長があったり、明け方まで議論したり、『禁足(緊急の議会招集等に備え、議会内待機が義務づけられること)』がかけられたりと、この数ヶ月はあっという間に過ぎた感じだ。

多くの時間をかけた議会だったが、何よりも頭から離れない瞬間がある。

12月15日。

この日は本会議最終日。

環状2号線の契約案件の採決があった。

お台場から虎ノ門までつなぐ道路計画で、今回は隅田川の上を通る道路工事契約に関する議案が都から提出された。

これを可決すると、築地市場の頭上に高架道路が走ることになる。

つまり、築地市場の豊洲移転を前提にした道路計画ということ。

我々は環状2号線は必要な道路だと、かねてから主張している。

しかし、築地の上を走る高架道路ではなく、地下に潜らせる地下道にするべきだという立場。

その理由は、

1、築地市場の豊洲移転については、豊洲の土壌汚染が解決されない以上、認められない。

2、築地市場再整備案を対案として既に示しているが、それは環状2号線を地下に走らせるのが前提。(環状2号線が築地の頭上を走ると、我々の再整備案の実現はほぼ不可能)

3、まちづくりを考えた場合、土地の用途が市場であれ何であれ、道路は高架より地下の方が望ましいのは言うまでもない。立地が銀座の隣の築地ならなおさら。

4、今回の高架道路工事により、築地市場内にある市場に必要不可欠な大型冷蔵庫を移転させる必要があるが、未だ移転先が明らかになっていない。

以上の理由から、我々は反対の立場をとったが自民党公明党は賛成となり賛否が分かれた。

結果、反対61票賛成63票。賛成多数で可決。

この瞬間の脱力感。

まさに、忘れられない瞬間である。

政治の世界は、最後は全て多数決。

当たり前のことだが、その現実を目の当たりにした。

今回の環状2号線の契約案件については、都議会民主党内でも多くの時間を割き、議論を重ねた。

築地市場移転につながる以上、また、築地再整備案を示した以上、ぶれることなく、反対するべきだという意見が、若手一期生から多数述べられ、都議会民主党として、何とか反対にまとまったという経緯があった。

しかしながら、都議会民主党をまとめたとしても、最後の本会議採決で自民党公明党に数で負けてしまう今の都議会の現実。

環状2号線が築地市場の頭上を走ることが決定した以上、我々が昨年秋に示した築地再整備案の実現は極めて難しくなった。

では、どうするのか。

他の築地再整備案を追求するのか、豊洲移転を認めた上で土壌汚染対策について厳しく条件を付けるのか、あるいは、市場移転先として、汚染されている豊洲ではなく他の土地を探すのかなど、様々な可能性を探り、都議会民主党の考え方を定めていかなくてはならない。

既に、その議論は会派内で始めている。

来年の3月に行われる都議会予算議会では、豊洲における市場関連事業費も含まれた予算案が提出される。

次なる論戦。

私の視点は既にそこに向いている。25:45



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